LOGINベッドから起き上がれないエマの為に、ナタリナは水差しを持ってきて、少しずつ飲ませてくれた。
カラカラになった喉が潤って、ようやく息も落ちついてくる。 クッションをいくつも重ねて背もたれにし、ベッドに座らせると、新しいシーツを出してエマの体を隠すように覆った。 「エマ様のお好きなブドウです。さあ、どうぞ」 小皿に並べた冷たい白ブドウを、一粒つまんで、エマの唇に差し出す。 太陽をいっぱいに浴びたブドウは、ツヤツヤとした黄金色だ。 「……ん」 薄く口を開き、ブドウを舌で転がして、ゆっくり噛みしめる。 柔らかな甘みが口に広がり、体の中に染み渡っていく。 エマが頬を緩めると、ナタリナが嬉しそうに微笑んだ。 一粒、また一粒と、エマの小さな唇に差し出す。 そうして房の半分ほどを食べおえると、指先に力が戻ってきて、腕も動かせるようになった。 「お一人で食べられますか?」 「うん」 エマが頷くと、ナタリナは小皿を手渡した。 ゆっくりした動作でブドウを食べている間に、ナタリナは洗面器にお湯を張り、柔らかな布を浸して温めると、それを絞ってエマの体を拭き始めた。 汗にぬれた顔を丁寧に拭き、首から胸、お腹から下半身へと、何度もお湯で布を洗いながら、エマの体を綺麗にしていく。 ナタリナはエマの汚れを一つずつ落としながら、悲痛の面持ちで口を開いた。 「エマ様。先ほどはお守りできず、申し訳ありませんでした……」 「ううん。ナタリナが何もされなくてよかった」 悲壮な顔をしているナタリナに、エマは微笑む。 ナタリナは、レオナールの命令で部屋から追い出されたのだ。逆らえば、どんな処罰を受けるか分からない。 「エマ様。もう決して、お側を離れませんのでご安心くださいッ。二度と、エマ様へ手出しはさせませんから!」 決意を固めた表情に、エマは首を横に振った。 「王子に逆らったらダメだよ、ナタリナ。どんな報復を受けるか分からない」 「私はエマ様の(社交辞令かな? でも、そう言ってもらえただけで嬉しい) エマは、未来の約束も、甘い夢だと受け止めることにした。 ルシアンは数日後には帰国するし、今日が、ルシアンと過ごせる最後の日だから。 「エマ。私が着けて差し上げます」 「はい」 ルシアンが背中に回り、エマは髪を持ち上げた。 ネックレスを着けるときに、ルシアンの指が軽く首筋に触れる。 「んっ」 ちょっとドキドキしたけど、その高鳴りすら愛おしく感じた。 支度ができると、ルシアンがエマに顔を近づけて、そっと頬にキスをする。 「っ!?」 「今日もよろしくお願いします。私の愛しいローズ」 「っ、は、はいっ!」 エマは顔を真っ赤にして頷いた。 そんなエマとルシアンのやり取りを、ナタリナとクロエは微笑ましく眺めていた。 + + + 天耀宮を馬車で出発して、向かったのは王都の中心にある市場だ。 エマは馬車にルシアンと二人で乗り込んだが、昨日と同じようにルシアンがすぐ隣に座る。 腕が触れるので離れようとしたが、ルシアンに腰を抱かれて、密着する羽目になった。 「あ、あの、ルシアン様っ」 「どうしました?」 「あ、暑くないですか?」 「いいえ。エマは暑いですか?」 「……少し」 「窓を開けましょうか?」 「いえ! 大丈夫ですっ!」 エマはあわてて首を振った。 窓を開けたら、ルシアンと密着してる姿が丸見えになってしまう。 「では、何か心配ごとがありますか?」 エマを抱き寄せたまま、ルシアンが優しくたずねた。 顔を上げれば、ルシアンの美しい顔が見える。ルビーのような紅い瞳に、陽に透ける銀の髪。誰もが見惚れる、容姿端麗な貴公子だ。 「エマ?」 「あっ、えと……今日は、観劇をするのですよね?」
あっという間に、エマの金髪が美しい薄紅(うすくれない)に変わり、腰の辺りまで髪が伸びる。 「やっぱりすごい」 効果は分かっているけど、あっという間に変わるから、魔法のようでびっくりする。 隣ではナタリナが、うっとりした顔でエマを見つめた。 「お美しいですわ。エマ様」 「ありがとう、ナタリナ」 「あら、まだ早いですわよ。お化粧をして髪を結いますから。もっと美しくなりますわ」 クロエが楽しげに笑いながら、化粧道具を手に取る。 この化粧も、魔法のようだ。 クロエに言われて目を閉じている間に、美少女が出来上がるのだから。 「お顔はこれでいいわ。髪型は、昨日と同じように半分だけ下ろすようにしましょう」 「クロエ様。それではエマ様の御髪(おぐし)がもったいないですわ」 「では、編み込みを少し変えましょう。今日は観劇をされると伺いましたので、帽子も用意しておりますの」 「あら、素敵ですわ」 クロエとナタリナが楽しそうに話すのを聞きながら、エマはされるがままだ。 (女の人って大変なんだ……) エマも淑女教育は受けてきたが、私服は持っていないし、身を飾る装飾品もない。貴族と同格の立場でありながら、最低限の持ち物しかなかったために、流行に関しては疎かった。 (ルシアン様に頂いたネックレスだけでも、十分すぎるのに) だけど、はしゃいでいるナタリナを見ると、いらないとは言えなかった。 「さあ、エマヌエーレ様。できましたわ」 「ありがとう」 髪を結われ、帽子を被り、姿見の前に立つ。 やわらかな若草色ドレスは、ふわりと軽やかに裾が揺れて、薄紅の髪によく似合っていた。喉元には黄色のリボンが結ばれ、頭には、丸く緩やかなカーブを描いた小さなボンネット帽。淡いミント色のリボンが、ドレスとお揃いになっている。 つばの内側には白いレースが控えめに飾られていて、春の妖精のような雰囲気だった。 鏡に映る少女は、やはり別人のように可憐で、エマはまたしても目を瞬か
「これが、ランジェルの下着……」 手に取ってみると、もらった肌着よりも、なめらかで触り心地がいい。 両脚を通して履くようになっており、エマはドキドキしながらその下着を身につけた。 「んっ……ちょっと、きつい」 太ももまでは良かったが、秘部を覆うように履くと、どうしても半身を締めつける。 今は勃ってないけど、ちょっとでも感じたらひどく窮屈になりそうだ。女性物だから当たり前なのだが、エマは下着を着けるのが初めてで、これが普通なのかと思ってしまう。 「ぅぅ……どうしよう……」 慣れない感触が落ちつかなくて、脚をもじもじさせる。 正直に言えば、脱いでしまいたい。 (でも……ルシアン様が、楽しみにしてたし) ルシアンをがっかりさせたくない。 エマは、そのまま法衣に着替えることにした。 + + + 支度を済ませて天耀宮へ行くと、控えの間にルシアンがやってきた。連れている従者は、前にエマに声を掛けてくれた、あの親しみやすい雰囲気の男性だ。 ルシアンも、気楽な態度でエマを出迎えた。 「おはよう、エマ」 「ぁっ! お、おはようございますっ。ルシアン様」 声が上ずってしまい、エマは頬を赤くした。 今日のルシアンは、薄いアイスブルーのロングジャケットに、同系色のベストを重ねた装いで、月の光のような銀髪によく似合っていた。 全体的に軽やかな印象で、白銀の貴公子みたいだ。 (ルシアン様。今日もカッコイイなぁ) ルシアンを眺めてうっとりしていると、ふいに頬を撫でられた。 「エマ。昨日は、よく眠れましたか?」 「は、はいっ」 「今日は王都を何カ所か回る予定ですから、疲れたらすぐに教えて下さい」 「はい……大丈夫ですっ」 エマはルシアンを見つめて、笑みを浮かべた。 (ルシアン様と一緒にいられるなら
しかし、その前に着替えだ。 「エマ様。こちらが、デイモンド伯より頂いたシュミーズですわ」 「ありがとう」 「どれも上質な生地を使ってますから、着心地が良いはずです」 ナタリナから渡された包みを、ベッドの枕元においた。 着替えの時は、ナタリナは隣の部屋に移動する。それを確認してから、エマは引き出しから木箱を取り出した。 前に王太子にもらった静香石(せいこうせき)だ。 「これも、毎日使ってるけど……大丈夫かな?」 魔道具とはいえ、頻繁に使用して効果が薄れたりしないだろうか。 自分では、フェロモンが漏れてるか分からないので、ナタリナに注意してもらうよう頼むことにする。 エマはベッドの上に座り込むと、夜着の裾をまくり上げた。 挿入しやすいように、脚を開いて、自らの股間を覗く。 静香石は蕾に挿れるので、エマは左手を伸ばして、入り口に触れた。 「ンッ……ぁ、っ、ぁぁんっ」 指先で優しく撫でながら、ゆっくり指を入れる。 濡れていない蕾を無理に開くと、痛みがあるので、エマはいつも挿入時にルシアンの手を思い出すようにしていた。 「ぁ、ぁぁっ……んぁ、ッ、ルシアンさまぁ……っ」 昨日、王立美術館の休憩室でルシアンに愛撫されたことを思い出す。 ルシアンの形の良い唇がエマの半身に触れ、そのまま飲み込んで、舌でなめ上げて……。 「ひぁぁっ、ぁんっ、ぁぁッ」 思い出すだけで、ムクッと雄が勃ち上がった。 ズクンと腰が疼き、エマは無意識に空いた手で雄を包む。 「あぁぁっ、ァァ、ッ……ルシアン、さまぁっ」 昂ぶりを扱きながら、蕾に挿れた指を激しく動かす。 ルシアンを想い慰めているうちに、蕾から愛液があふれる。先端からも白い蜜がこぼれて、躰が一気に熱くなった。 (ルシアン様っ、もっと、……ぁぁっ) 記憶の中の愛撫に酔いしれながら、エマはあっけなく絶頂に達した。 「ぁ、ぁんっ、っ……ひあぁぁぁっ!」 ビ
「どうせ黒幕は周りの奴らだ。接触すれば、証拠隠滅されるのは確実だぞ」 ティエリーが笑いながら答える。 他人事だと思って、楽しんでいるようだ。 ルシアンはティエリーを軽くにらみつけた。 「王子は放っておく。現場を確かめた方が早いだろう」 現場というのは、ワイール領のことだ。 ルシアンは、管轄する諜報部の部下を、すでにワイール領へ潜入させていた。 四日後、皇太子率いる帝国の使節団は帰国することになるが、ルシアンは密かに別行動に入り、ワイール領へ向かう予定だった。 「帰国の前夜には、晩餐会と夜会があるだろう。そこで、ノワジエール侯爵とワイール領主の動向を探っておく」 「夜会か……聖樹も参加するのだろうな?」 「おそらく」 ルシアンが頷くと、ティエリーはグラスを傾けた。 紅い瞳が細められ、探るような顔で口端を上げる。 「あの偽装薬だが、多めに持ってきたんだろう?」 「クロエに持たせてある」 「お前は心配性だから、準備がいいのは知っているが」 ティエリーはそう言って、からかうように尋ねた。 「あの薄紅(うすくれない)の色を、聖樹に使った理由は?」 「……分かっているくせに、言うな」 「お前の口から聞きたい。頑なに番を持とうとしなかったお前が、どれほどあの聖樹に入れ込んでるか、把握しておくのは当然だ」 「……」 ルシアンは、不機嫌そうに眉をしかめた。 だが、ティエリーはますます、好奇に満ちた目で返事を待っている。 「はぁ……」 「ルシアン。あの聖樹が気に入ったんだろ? ついに、抱く気になったか?」 「君に報告する義理はないが……あの子の立場を考えれば、できるわけがないだろう」 「聖樹の姿なら、だろう? それで、あの色を選んで飲ませた。違うか?」 ティエリーが笑みを浮かべて、ルシアンを見つめた。 ルシアンは眉間に皺を刻み、ため息をつく。 「私は……あれが最善だと思った」
その夜、エマはナタリナに促されて、早々にベッドに入った。 「エマ様。明日も早いですから、しっかり寝て下さいね」 「うん。あ、明日も、その……変装するんだよね?」 「おそらくそうだと思います。ローズ様も、とても可愛らしかったですよ」 ナタリナが微笑むと、エマは頬を赤くした。 「に、似合ってたかな?」 「ええ。それはもう。あのように美しい令嬢は、他におりませんわ」 笑顔で褒めてくれるけど、ナタリナの場合は、ちょっと大げさなくらいに思ってた方がいい。 「……ルシアン様に、恥を掻かせたりしなかったよね?」 「もちろんです。デイモンド伯は、とても自慢気なご様子でしたわ」 にっこりと微笑まれて、エマはますます頬が赤くなる。 シーツをばさっと被って、顔を隠した。 ナタリナのひいき目もあると思うけど……たしかにルシアンは、嬉しそうな顔で褒めてくれた。 「エマ様。恥ずかしがるところではありませんよ?」 「だって……僕、ちょっと浮かれてたもん」 エマは小さく呟いた。 ルシアンが甘い言葉を囁くたびに、すごくドキドキした。 でも。 (美しいって、言ってもらえても……僕じゃ、ルシアン様の婚約者にはなれない) 結局、エマはルシアンの恋人になりたかったのだと、心の内を思い知らされた。 決して叶わない夢を、ひとときだけ叶える魔法。 それが、今日の変装だったのだ。 (ルシアン様は、僕の立場を気遣って用意してくれたのに) ルシアンへの恋心を募らせるだけで、エマばかりが浮かれて楽しんでしまった。 王立美術館の休憩室で、ルシアンに触れられたことも、甘い思い出だ。 (ルシアン様……) もっと、近づきたいと思っていた。 それなのに、近づいたら、もっとルシアンが欲しくなった。 (僕って、すごくワガママだよね) 今でも十分に幸せなのに、欲望には限りがない。 許されぬ恋に身を焦がしながら、叶わぬ夢